See more details
INDEX

庚申塔  その2  室町時代の風かおる

その1より続く

せきひ4

四番目の庚申塔に歴史を感じ、塔の裏を見てみると

なにやら難しい文字が彫られていました。

石塚4-1

文政壬午年八月十九日と書かれているようです、壬午年とは?

色々調べているうちに壬午(みずのえうま じんご)は西暦

1822年、つまり文政五年八月十九日と彫られている事が

分かりました。しかも七庚申の年である事も分かりました。

歴史に背中を押される様に、近くの磯前神社に行ってみました。

神社1

神社の石柱に刻まれた文字です。

神社2

文政四辛巳八月八日と彫られています。辛巳(かのとみ しんし)

とは干支で言えば、壬午の一年前、つまり文政四年、1821年でした。

これで、庚申塔の文政壬午年が文政五年であることが、確実に証明

された事になります。

文政五年とは江戸時代です。この地は江戸時代より庚申信仰のもと

農作業が行われていたことになります。

他に、上北手に庚申塔がないか調べたところ数カ所に単独の

比較的新しい七庚申碑がありました。さらに調査地域を広げてみると

下北手梨平地区に古い庚申塔が数箇所ありました。

石碑5
梨平地区の古い庚申塔1

石碑5-1
天保3年

石碑6
梨平地区の古い庚申塔2

石碑6-1
天保14年

古いものでは天保3年(1832年)天保14年(1843年)やはり

七庚申の年にあたります。

年表2

そして江戸時代です、これにも驚きました。



話が少し前後してしまいましたが、ここからが本題です。

それは、上北手、二番目の庚申塔です。

石碑2-3

左から二番目に庚申と彫られています、その側面を見るとなんと

石碑2-5

文正(ぶんしょう)と彫られています。その下の文字は解明

できませんでしたが、文正の二文字は克明に彫られています。

文正は室町時代1466年から1467年の二年間でした。

私は庚申塔についてかなり勉強しました。そこで知り得た情報

http://hoko.s101.xrea.com/koshinto/howto.html
(すみませんドラック、右クリックかコピー貼り付けで見てください)

庚申資料刊行会、発行の資料に、日本最古の庚申塔は文明3年つまり

1471年の塔が埼玉県川崎市の実相寺にて発見されたと記されています。

同じ室町時代ですが、日本最古と言われる実相寺の塔よりも

4~5年古い庚申塔が当地秋田にある事になります。

日本最古の庚申塔は、この秋田、上北手地区にあります。

この驚愕の事実を私は誰にどう説明すれば良いのでしょうか


いや、冷静に考えると豊作を願う農家の方々の信仰です、第三者は

騒ぎたてる事なく静かに胸の中に収めておくべき事かもしれません。

ブログ読まれた方も、そう思いませんか。


それにしてもこの風景

風景1

約550年前から変わったところは舗装された農道だけかも、

平成、昭和、大正、明治、江戸、安土桃山、戦国、室町時代と

タイムスリップしながら、山を見て、田畑を見て、雲を見て

歴史の薫りを風の中に見つけ、ペダルをふんで、これからも

この地を駆け巡ります、なんとファンタスティックな事でしょう 


そして、庚申塔の前を通過する時は、農家の方々の無病息災と

豊作を祈り、一礼したいと思っています。



付記

資料では確認できませんでしたが、直近の七庚申の年は、昨年

平成23年と思われます。

上北手地区、下北手地区それぞれに一箇所、平成23年と刻まれた

七庚申の碑がありました。

私、一人の足で限られた地域で発見したものです、日本国内では、

まだまだ、庚申への色々な歴史や文化があるかもしれませんね。

近々、図書館に赴き、資料を探してみたいと思っています。


秋田市情報を
↓クリックお願いします、励みになります。
にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 秋田(市)情報へ
にほんブログ村

下の拍手もクリック頂ければ嬉しいです。



Copyright © あとりえ瑠璃絵 ガラスと布 All Rights Reserved. まとめ