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室町時代が江戸時代に瞬間移動した日

おはようございます

錦織選手やりましたね、快挙です。

さて

8月22日
「庚申塔 その2 室町時代の風かおる」を

アップしましたが、その後まさかの真相が・・・


県立図書館で色々調べてみたら、実に多くの

民族学者が庚申信仰について研究している事が

分かりました。

藤田栄子先生(東京都出身)は東京から秋田に

転居した事をきっかけに、秋田の庚申塚を家族で

長年にわたり研究、草木をかき分けて庚申碑をさがし

秋田魁新報に「秋田の庚申塚」を連載、著書に

「秋田市の庚申信仰」等があります。

藤田先生の本はすべて貸出禁止になっていましたので

図書館で閲覧してきましたが、実に詳細に調査研究

されていました。

庚申信仰

幸い小花波(こばなわ)先生の「庚申信仰」が一冊だけ

貸出可だったので借りてきましたが、分厚い本で、かつ

本は本でも、論文でしたので、一般庶民の私には完読は

出来ませんでした。

ただ、わたしの知識はおおむね正解でした、新しく知り得た

ことは、庚申信仰でも碑に七庚申と彫る地方は東北だけで

しかも、岩手県花巻市、宮城県北部、秋田県秋田市が密集地域

である事がわかりました。

「庚申の 足の下から わらびかな」  一茶

俳人一茶も信仰していたようです。

又、日本最古の庚申塔は室町時代1471年のものであると記載

されていました、私が調べた他の文献と一緒です。

また、庚申信仰が農民に広がったのは江戸時代とも・・・

では、なぜ、多くの民族学者が詳細に調査しているのに、私が

文正(室町時代)の庚申塚を見つける事が出来たのか・・・

その後何度も現場に行き調査、平成になってから蛇行していた

道路が整備されたことが分かり、自分なりに仮説を立てていた

ところにブロク読者からメールが届きました。

内容は下記を参考にしてくださいと書かれていました。

http://sakaemura-net.jugem.jp/?eid=1504
(すみませんがドラック右クリックか、コピー貼り付けで見てください)

実は日本には移動字なるものが存在し

「正」と「文」はワンセットで「政」という字を上・下に

分けたものであると書かれていました。

石碑2-5
先日アップした画像

驚きました、同時に少し安堵しました。

メールを頂いた読者の方には、いろいろ調査いただき

有難うございました。

と言う事で、上北手の庚申塔は文政、江戸時代に建碑

された様です。無学な私の判断をお許しください。

移動字なんて誰が考えたのでしょかね、又それを解明する

学者も凄いですね。

その後の調査でも古い庚申碑に沢山出会いました。

古い

かなり古いです庚申の申だけが残っています。

言わざる

顔を何枚もの布で覆っています。

見ざる、言わざる、聞かざるの教えが守られています。

庚申塔のおかげで、色々勉強になりました。

歴史は面白いですね。


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